実さへ花さへその葉さへ

Asexualらしき人のブログ

忘却と断片を拾い集める旅に

忘れていたね、このブログそのものを。もう縛りごと忘れたい。

でも年単位で忘れてるよりマシだろ?まだそれなりに自覚的だし、忘れているといってもああ最近書いてない、というか書くことないもんな程度ですし。おすし。古い言い回しでごまかす。

たまに、あ!これ長文だからブログにしておきたい!と思う脳内トピックスにぶち当たるのだけど、その場で書留で置かないと忘れてしまう。挙句に、たまたまタイミングよくPCを開いた時に何か綴ろうの波がきたと思いきや風呂入って出たら内容が飛んでるという。これ最近よく聞くADHなんとかじゃないの?

 

前置きが長くなったが今日記憶の断片を残しておこうと思ったことは、恋愛感情を別として『好きなタイプ』『なんか気になる人』はあるぞということ。同時にやはり恋愛感情は理解し難いと呻る部分でもある。

例えば親しくなっていくうちに、ああこの人、実はいい人だなと好感度UPするパターンは大いにあるだろう。しかし、それを抜きにしても直観で近づける人と近づけない人というのが存在する。その判断は時間が経過して確信になるのだが、初対面(ないし初期段階)で感じたものからあまりブレない。

最初に出した『好きなタイプ』これは顔やファッションとか趣味や話が合いそうと主に見た目から入る場合。対し、『なんか気になる』は会話のネタの拾い方が近い、話し方や話のテンポなど内面的な要素。
実はさらに、このどちらにも属しているようで属していない(一人っ子あるあるではと言いたいくらいに一人っ子にしか通じない気がする)兄弟姉妹直観がある。欲しいんだよ!兄弟や姉妹のような存在が!男女問わず!むしろそこに男女はない。そうなるとそれってバイなのでは?が過りもするが違う。わかれ。姉ちゃんの下着姿には欲情しないあれと同じだ。主張が逸れた。

 

表向きな対応は別として選り好みは激しいが、この人は親しくなれるかも、いや親しくなりたい…な人には割と自分から近寄っていく帰来がある。何度も言うが男女は問わない。年齢的な対応は変わる。

こちとら平等に人間愛として他人への興味関心、尊敬で近づいているのに、それを恋愛的な意味や好意として近づいていると捉えられると甚だやるせない気持ちになる。
ましてや第三者に言われた日には軽く殺意も覚えるんだゾ☆

というで、なんだったんだ?この話!でお開きです。