実さへ花さへその葉さへ

Asexualらしき人のブログ

散漫なのDA

ここ数年に渡り薄々そうなのでは?と認識をしていたけれど、あえて自覚しないでいたことがある。

 

もしかしてわし…ADHDなのでは?

集中力続かない、ていうか散漫だなと最近殊更に思うのだ。元々移り気ではあったんだろうが年齢がそうさせるのか?何かしら頭にきてるのか?それとも今の生活(職場)になって生活スタイルが変わってから余計に悪化したのか?そのどれでもないのかもしれない。

セルフチェック程度で出る回答は、ちょっと医者に調べてもらったら?である。しかし、仮にそうだったらどうしようショックだし行きたくない…なんてことはない。

ないんだけれど、私の普段感じているそれがもし一般的な感覚と違っていたら、少なからず揺らぐものはある。揺らぐのだろうが、じゃあそれで何かが変わるのか?恐らく変わらないだろう。私はADHDなので色々ごめんして!にはならない。自分の中の割り切りと、対策の仕方を考えるだけであろう。それなら病院にわざわざ行かなくてもできる。

とか思ってしまうから、ちょっと1度病院行ってみようと思う。

 

どうでもいいけど単調な作業に没頭することが好きだった。パズルとかレベリングとかリズムゲーとか無双とか延々同じことする軽作業とか、パス取りとかベタ塗りとか消しゴムとか。あとデータの見比べとか洗い出しとかなんかそういう感じのが。

それって関係あるのだろうか?

ステ・ロス

件の部隊がもうすぐ千秋楽です。ここ数カ月の生きる糧でした。
終わりが近づいている、しかしまだ終わっていないのに、既に2回見てるけどでもなんだか複雑な高揚感。終わるから、限られた期間があるから維持できるモチベーションってあるよな。

ついマルチタスク的に物事に向かいがちというか、並行作業しがちだけど本当は1つずつ倒していく方が早いんだよ。知ってる。二兎追うものは一兎も得ずなんだろうけど、でも欲張りでもいいと思うんだ。三兎追ってもいいじゃないか。実際は一兎もなかなか負いきれないんですけど。

やりたいことがあるって言えるうちは、まだ精神的に死んでない。

ちょっとここ数年受身でいたのですが、やっぱり自分は何かを生み出す側にいたいなと思う。自分はこの程度だと甘んじてしまっていたけど、うまくできなかったことを悔しいと思えたのできっとまだ伸びしろある。

あまり要領は良くないので、右往左往するし同じ場所でぼーっとしてるけど、だから見えるものもあるでしょう!

 

とりあえず洗濯物を干す!

最初に掲げた理想だけは貫きたいと思っていた

でも貫けない。もう、タイトル縛りやめよう。誰も困らないんだから。次回から適当なタイトルな。私の好きな、少年ノートのみのるさんが「自由と自分勝手は違う」って言ってたので!自分で決めたことからも逃げる!いいじゃないか!自分勝手!

忘却と断片を拾い集める旅に

忘れていたね、このブログそのものを。もう縛りごと忘れたい。

でも年単位で忘れてるよりマシだろ?まだそれなりに自覚的だし、忘れているといってもああ最近書いてない、というか書くことないもんな程度ですし。おすし。古い言い回しでごまかす。

たまに、あ!これ長文だからブログにしておきたい!と思う脳内トピックスにぶち当たるのだけど、その場で書留で置かないと忘れてしまう。挙句に、たまたまタイミングよくPCを開いた時に何か綴ろうの波がきたと思いきや風呂入って出たら内容が飛んでるという。これ最近よく聞くADHなんとかじゃないの?

 

前置きが長くなったが今日記憶の断片を残しておこうと思ったことは、恋愛感情を別として『好きなタイプ』『なんか気になる人』はあるぞということ。同時にやはり恋愛感情は理解し難いと呻る部分でもある。

例えば親しくなっていくうちに、ああこの人、実はいい人だなと好感度UPするパターンは大いにあるだろう。しかし、それを抜きにしても直観で近づける人と近づけない人というのが存在する。その判断は時間が経過して確信になるのだが、初対面(ないし初期段階)で感じたものからあまりブレない。

最初に出した『好きなタイプ』これは顔やファッションとか趣味や話が合いそうと主に見た目から入る場合。対し、『なんか気になる』は会話のネタの拾い方が近い、話し方や話のテンポなど内面的な要素。
実はさらに、このどちらにも属しているようで属していない(一人っ子あるあるではと言いたいくらいに一人っ子にしか通じない気がする)兄弟姉妹直観がある。欲しいんだよ!兄弟や姉妹のような存在が!男女問わず!むしろそこに男女はない。そうなるとそれってバイなのでは?が過りもするが違う。わかれ。姉ちゃんの下着姿には欲情しないあれと同じだ。主張が逸れた。

 

表向きな対応は別として選り好みは激しいが、この人は親しくなれるかも、いや親しくなりたい…な人には割と自分から近寄っていく帰来がある。何度も言うが男女は問わない。年齢的な対応は変わる。

こちとら平等に人間愛として他人への興味関心、尊敬で近づいているのに、それを恋愛的な意味や好意として近づいていると捉えられると甚だやるせない気持ちになる。
ましてや第三者に言われた日には軽く殺意も覚えるんだゾ☆

というで、なんだったんだ?この話!でお開きです。

憂鬱を拗らせている

観たい舞台のチケットが取れない、というだけで3回泣いた。大丈夫か?

昔は毎日更新していたけど、よくそんな語ることあったな…変わり映えのしない生活を続けていると、昼に何を食べたかすら興味が失せていき思い出せなくなるというのに。どうでもいい話でした。

このブログの主旨に反するけど、私は常にAセクとかジェンダーを意識したり、考えながら生きてるわけではない。Aセクだと自覚してからは、そういう情報へのアンテナや動向、自分の振る舞いなど気に掛けるようになったけれど、逆にそれ以外は変わっていない。差して特筆すべきものを持たない凡人である。

得体の知れないものに悩まされ一人で世界に取り残された気になっちゃうような中二病にちゃんとした名称が付いて、多少すっきりしても現実は変わらない。が、明確になった分、ではどう生きていけばいいのかとセクシャリティ以外の面で自分に向き合うことになった。その結果が冒頭のチケット取れないでグズるいい歳した大人とかしょうもないよ。

 

という愚痴を吐きに来ました。

自分の手で自分の視界を塞ぐ

変な縛り付けたせいでタイトル1つ付けるのも面倒くさいことになった。もう意味が分からない。ところで、部屋に蚊が侵入しており、飛蚊症も相俟って何を信じたらいいかわからない。

 

前回の末尾に「なにゆえ子供をかわいいと主張する人は子供も欲しいアピールするんだろうか?それがどうにも個人的に胡散臭くてかなわん。」と題したのだが、これは子供かわいいと思うことと、子供産みたい(若しくは欲しい)と主張することと、実際に子供を育てることは、全て別のカテゴリーだと思うので、「子供かわいい~」だけを主張するならともかく「早く結婚して子供産まないとね~」みたいな言葉をセットで聞くと「ハァ?」と思ってしまうのである。戦前戦後みたいな子供を産んで育ててその子供が産んだ親の面倒をみながら同じように繰り返していく…ような世の中ではないのに、なぜ自分が子供をちゃんと何不自由なく、そして人間一人を育てていける自信が持てるのか?という疑問を抱いてしまうのである。

 

スーパー余計なお節介だし、他人が何をどう主張しようが実際には正直どうでもいいという大前提で、敢えてこちらも主張したいだけであるけども。…なんてことをツラツラ書いていこうと思ったりしたのだが、数日空いたことで本当にどうでもいいよね!感でいっぱい。

 

というわけで、「月がきれい」を一人一挙見したので感想でも。ネタバレとややアセク目線なので悪しからず。

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その言葉に価値を見出すこと成らず

ちらっとツイッターでアピールしてしまったんですがね。少しは緊張感と他者の目を強制的に意識しないと、下手したら次に書くのは1年後とかになってしまうから。
実際、場末でオタクサイトを弄っていた時のブログは、自意識パワーで月に一、二度の更新をしていたのである。
更にその前は、もっと調子付いていたので(閲覧数は兎も角)なんと日に三度更新したりしていた。すっごーい、時間を浪費出来ていたんだね〜〜!と殴りに行きたい。

 

しかしね、わたくし気付きました。
長文を打つのが億劫というよりも、キーボードで自分の言葉を使い長文を打つ、ということ自体の頻度が減っていたのです。
思考自体は止まっていなかった。なぜなら今、スマホから連打して打ち込んでいるが思いの外長くなっている。
キーボードで打つ時は仕事が大半だし、仕事だと話の構成や流れとか、今打っているような無駄な駄弁り部分を削ぎ落とす作業が入る。ツイッターとかラインとは真逆だものね。そりゃあ、時間かかってしまうよね。

だから、縛りをもう一つ足します。
次からキーボードで打とう。更新頻度は下がるだろうけど。
考える力を養いたいんだ…小学生かよ。

 

そんな訳で、無駄に長くなってしまったから、
なにゆえ子供をかわいいと主張する人は子供も欲しいアピールするんだろうか?それがどうにも個人的に胡散臭くてかなわん。
…というネタでも書きます。


なお、内容は予告なく変更が入る可能性がありますので悪しからず。

如何にしてこの場に至ったか

ルールもクソもないブログでいくつもりだけど、1つだけ縛りを設けようと思って、タイトルをね、なんかちょっとラノベのサブタイみたいなノリで付けていこうと。数年後とかまだこれを続けていられたならログを辿ったときにアイタタタな気分を味わえるんじゃないか?もう発想が中二なのはオタクだから仕方ない。

チマチマ小出しに記事を起こすのは面倒なので、ここの質問を使わせて頂きます。

昔懐かしいお題とかバトンみたいな。これもきっと数年後は違う回答になるかもしれない。もしかしたらアセクじゃなかった、というかもしれない。それならそれで良いのです。セクシャリティなんて実際「かもしれない」で十分だろって、そういう話。

 

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先ずは誰に向けてでなく、己との邂逅を

あたかも長く構想して温めていた小説を書くようなテンション…という訳ではないけれど、ツイッター慣れしてしまってからというもの、ついぞ長文を考えるのも打つのも億劫になってしまった。

そもそも自分のことは語りたいようで語りたくないタイプの人間が、誰かに読んでもらうために書いたところで続きはしないので、備忘録の側面を強めに出しつつ、けれど私が足りない頭を抱えて自分のセクシャリティに自問自答をしていた時に、ネット上で検索しその行きついたブログに、テーブルを叩く勢いで「それな!」と救われたり、そういう生き方もあるのかと解放されたように、こんなブログに罷り間違って辿り着いてしまった人が、もしいたらそうなったりならなかったりすればいいと思う。

よってアセクシャルって何?とか啓蒙的な要素を含むつもりは(今現在は)ないし、文体もコロコロ変わるかもしれない。

 

独白的な語りって、微妙ですね~。